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モハ80系街道湘南電車暴走族狂走曲


私は非実在青少年規制および言論・表現の統制に断固反対致します。


主に鉄道とBVEに関してのページです。 たまに変な事が書いてあるかも知れませんが、気にしないで下さい....。
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昨日は、小湊鐵道といすみ鉄道を乗り継いで千葉県を横断してきました。
そのレポを少々....、じゃないな。

[出発]
26日は歯医者に行った関係で常滑駅からの出発となりました。

んで乗ったのが太田川行きの普通。
なんと、7000系が来ました。
最後の遠征を飾るにふさわしい車輌でした。
写真は西ノ口での通過待ち時に撮影した物で少々くらいですが、美しくも悲しい感じがよく出ているのでチョイスしました。


太田川から金山までは2201Fでした。
コイツも8月いっぱいで通常仕様に戻されるんでしたっけ?
夢をありがとう、そう言いたいです。

そして大府駅へ!
ここでMLながらを待ちます。
席はコンパートメント、進行方向と逆なのが難点ですが、デコトラみたいなシートが良い感じ、机が付いているので一般席よりも寝やすい感じでした。

そして車輌、なんとトップナンバーじゃありませんか。
最後のながら、粋な計らいですね(ぇ
このシチュエーションで、しみじみと東京入りしました。

[東京から千葉へ]
空は曇天、薄黒い雲が埋め尽くしていました。
そのせいか暗く、横浜までグッスリでした。
物寂しい最後の東京、また違った感じでした。

そして京葉線に乗り換え。
.....、これは!!

トップナンバー、205-1編成、思い出の個体です。
中3の時、修学旅行で初めて行った東京で乗った205-1。
去年、初めてのコミケに行くときに乗った205-1。
そして、最後の遠征、旅の始まりに迎えてくれた205-1。
何故か縁の深い電車です。
中学の時一緒だったアニヲタ友、今はどうしているのかな。
コミケ、去年、今年、過ぎ去っていよいよ秋が近づいている、そんな事を考えながら蘇我までお世話になりました。

蘇我から五井まではBVEでお馴染みの区間、113_4重連でガタゴト。


[小湊]
小湊鐵道、実は去年も行っているのです。
その時は上総牛久までしか乗っていませんでした。

でも、その当時と何も変わっていない、ホッとしました。
連絡通路で小湊ホームヘ、上総牛久行きの列車に乗りました。
景色も8割同じ。
でも、唯一の違いがありました。
去年の8/13頃は青々としていた水田の稲が、すっかり金色になっていました。
空模様と一緒に物寂しさを演出していました。
本当なら実りの秋、でも、僕にとっては枯れるだけです。


[上総牛久]
去年と同じ駅でした。
空模様以外は。

んで、去年忘れていった団扇がとってないか聞いてみましたが、流石に1年以上前の忘れ物は処分してしまったとか。まあ、そうでしょうね。

んで、この駅で2時間ほど待ちます。

時々、五井行きの列車が来たりしましたので撮影。
でも、流石に2時間は退屈なので、3番線で待っている205号車のアイドリングを聞きながら時刻表の航空ダイヤ頁に落書き。
別に景色をスケッチしたりとか、そういう上品な事は出来ません。ただ痛い物を少々。


[未踏区間へ!]
んで、落書き2作目が書き上がったところでウテシさんが来て、次の列車の時刻が迫ってきました。
荷物を片付けていざ準備!と思ったら、何故か列車が来ません。
何かあったのかと待っていると...、8分遅れでの到着でした。

どうした事かと思っていたら、なんとテレビ局貸切車輌が連結されていました。
その関係で前面展望も出来ず!
でも、こういうローカル線の番組が放送されて赤字が解消されるなら良い事です。
ここは折れてでも我慢しましょう。

んで乗ってみて。
確かに凄い旅情。山の中を右へ左へ駆け抜ける感じです。
樹木のトンネルってのも、本物でした。
駅もホームしかなかったり、昔の廃止された線路やホームがあったり、良い感じでした。
名鉄広見線の御嵩駅ホームとかのイメージでしょうか。

でも、蝉は鳴いていない、時々ツクツクボウシやヒグラシがいる、夏の最後ではなく、秋の始まりに似た景色でいよいよ悲しい旅となりました。

[いすみ鉄道]
よく、お上品な書籍に「菜の花電車」とかいって紹介されている路線です。
*でも、電車ではなくレールバスですよ。
中野から大原まで、揺られてみました。

実を言うと、レールバスに乗るのは初めてです。
運転席は某所公開のBVEデータ「名鉄キハ20、キハ30」にも似た印象でした。
窓やドアは一昔前、末期の非ノンステ路線バスみたいな構造でした。

....、でも、小湊鐵道に乗った後では感動もいまいち。
歴史的景観が少ないのです。
中野駅で206号車2両が並んだ光景は良かった。
でも、それ以降はホームも比較的新しいし、ノスタルジックな感じには欠けました。
エンジンも旧型のドリドリドリ、グオン、グオオオオンって感じではなく、ブルブルブル、ウオーーーーンという武豊線の弱い版みたいな音で、そのせいか一部区間で居眠りをしてしまいました。

でも、菜の花の季節に行けば違った旅情を感じるのかも知れません。


[再び東京へ]
大原からは外房、内房線を通って東京へ。

E257-500もすっかり地域に根付いた感じです。
んで再び113系でガタゴト。
この地方に京浜の209が転属して云々という噂が有りますが、真偽はともかく113ほど似合う車輌は無いのではないでしょうかね。

千葉からは総武快速線。E217でした。
錦糸町まで乗車、そこで遅めの昼食を取りました。
かけうどん、汁は東海地方より微妙に薄い気がする物の上々、麺は名古屋のきしめんよりベタッとして食感は今ひとつ。
でも、100円ほど安いので致し方ないかもしれない。
名古屋人でも食べられる味でした。

[山手線]
せっかくなので、最後に山手線外回りを1周してみました。
車輌にラッピングが施されていたりしますが、電車でGO!3000やFainalで見た景色でした。
憧れだった山手線が手に届いて、また離れていく、1年半といえど悲しい事です。

1周して秋葉原へ。

200のリバイバルが来たので撮影してみました。


[秋葉原]
今夏休み3度目の秋葉原、お前はアホかと言われそうですが、アホだから仕方ないのです。
んでまず撮影したのは中央線。

風前の灯火となった201系です。
中央線はやっぱりコイツじゃないとしっくりきません。
僕の中では、E233系がまだ中央線のイメージになっていませんので。
最後まで走って、立派な引退を迎えて欲しい物です。

んで戦利品。

三十路岬の1時生産品限定、カセットテープ版。
1200円は大きすぎる出費でしたが、最後なのでもう許容!

あと、ネギまの音楽CD,ドラマCD1枚ずつ、らき☆すたのフィギュアを2体。
その後はおとなしく帰りました。
さらば、我が第2の故郷、秋葉原。

[帰る。]
帰る最中に1118レインボーを見かけたので撮影。

東京が愛おしくて、211系では珍しく最後尾に乗ってしまいました。

   <別れ道> fromデコトラ伝説~男一匹夢街道~
流す涙を隠すように わざと傘もささず
夜の街へ 消えて行くの さよなら、東京
東へ西へ便りもなく 火花のように散った
別れ際に振り返る 私には気付かぬまま


こんな歌がピッタリです。
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自己紹介:
名鉄あたりのヲタです。
たぶん運転士の後ろで騒いでいる人がいたら俺でしょうね。
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